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 10月22日


職場ではクリスマスの話が始まった。
「もみ」と口にしただけでスイッチが入って、頭の中が一気にクリスマスモードになった。
帰宅して早速クリスマスボックスを開けてみた。年々増えるクリスマスグッズをひとつ手にしたら、なんだかわくわくして、まだまだ早いのに開けたら最後、飾りたくてたまらなくなった。
木製のツリーやハンドメイドのピーナツ人形、羊や馬、雪だるま、リース、木の実…小学生の頃もらったキャンドルスタンドまである。ついでにキャンドルボックスもオープン!毎年増えてしまうのですごい数。丸、円柱、三角錐、形も色も大きさも様々。
玄関の棚の上はぎっしり。それでも「2006 Xmas Collection」は厳選したつもり。大きさや色の配置を考えながら時間をかけてひとつづつ並べるのも大切な仕事。今度はハートにスイッチを入れなくてはならない。新しい年に向ってちょっと早いけれど心の準備。

昭和記念公園では、クリスマスに欠かせない植物に出会った。野バラ。閉園時間直前、暗くてピントも危うい。1/8秒。秋の日は釣瓶落とし。



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The England star who cost Manchester City almost £50million in the summer seemed a like-for-like replacement to try and break down Real Madrid.
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 2月28日


ムスカリが元気に育っている。
大雪の日、雪とムスカリを撮りたくてベランダに出しておいたのに、タイミングが見つからないまま、雪の中で凍ったりとけたりを繰り返しているうちに葉っぱが伸びきってべろべろになってしまった。かわいそうになって家の中に入れた。そしたらちいさなベルのようなつぶつぶがぐんぐん増えてころころと太り、予想以上に大きくなった。この種類は何というのだろう。頭に帽子をかぶったような、鶏の鶏冠のような…。とにかくかわいい。見ているだけ、それだけでいい。とここまで書いてほんのり春の香りがすることに気がついた。

2月は逃げるというけれど、100年に一度と言われる大雪におたおたしているうちに今日で終わってしまう。あれもこれもまだまだなのに。
「今でしょ!」ということばが嫌いだ。怠けてるわけじゃない、やってもできないことだってある。トルコや中南米には「明日できることは今日するな」という格言があるそうだ。だから明日のことはあすということで…「いいでしょ!」。



 9月13日


K教授の勧めでK大学の公開講座に出席することになった。
ー映画を通して英語で学ぶアメリカ南部〜「風と共に去りぬ」と「フォレストガンプ」ー長いタイトルだ。
英語嫌いの私にはドッキドキの授業になることは間違いないので「絶対にあてないで下さい」とお願いして参加することに。この大学には数年前まで園芸科があったので他にも魅力的な講座が盛りだくさんで「身近な樹木に親しむ」をすぐに申し込んだ。英語より先に樹木を申し込んだことが先生にバレてしまいどぎまぎ、その日のうちに電話がかかってきた。受話器をとるやいなやゲラゲラ笑われ、ほっとひと安心。

樹木講座の1回目は観察の方法。1時間の講義と2時間の公園散策の中でわかったことは、好きなはずの樹木を「知らなかった」ことと「気がつかなかった」こと。私の住む町はたくさんの公園と多くの樹木に囲まれている。それなのにいつもぼんやりとしか見ていなかった。それぞれの樹に幹に枝に葉に春夏秋冬と、時の流れがあることを知った。知るとはなんと楽しいこと!いろんなものが見えてくる。樹木がぐっと近づいてきた。

講義会場であるの多摩市立グリーンライブセンターにて。どくだみの葉が美しく変化していて、秋がやってきたことに気がついた。



 8月23日


炎天下、ひまわり畑に出かけた。
初めての場所だったので地図を頼りに歩き出したものの、さっぱりわからず不安になった。遠くに「ひまわりまつり会場↑」の看板を見つけやっと安堵した。歩いても歩いても次の看板が見つからず、また不安になって、徒歩15分と記載されていた場所にたどり着くのに40分もかかってしまった。
暑さでくらくらになりながらやっとの思いで展望台に上ると黄色い世界が一面に広がっていた。ひまわりがみんな一斉にこちらを向いている。「がんばったね、ようこそ」と歓迎してくれているかのように見えて嬉しくなった。この感動があるから暑くても重くても出かけてしまうのだと改めて思う。
写真を撮り始めて数分したところで、偶然師匠にお会いした。昨秋の個展以来だから久しぶりだ。なんだか急にホットして、先生一緒に帰りましょうとこちらから誘ってしまった。先生は朝5時半から来られていてあと1時間で帰られるというので、短時間だから頑張ろうという気持ちになった。ところが暑さで集中力がすぐになくなってしまった。
先生が遠くからこちらに手を振っていたので行ってみると、テントの中で真っ赤なスイカを食べていた。何かを買えばスイカを一切れいただけるというので一番軽そうなプチトマトを買ってスイカをゲット。冷たくないのに、甘さとたっぷりの水分で生き返った。さあ、と思った時には残り時間が少なくなっていたのだけれど、黄色の畑を見渡すことができただけでも十分満足だった。もう少し早い時間帯にまた来ようと決めた。一人じゃないから田んぼの広がる道の途中で暑さに倒れても大丈夫と思ったら安心できた。もし一人だったらもう二度とと思ったに違いない。
駅までの道はやっぱり長くて暑くて、着ていた首周りの大きく開いたブラウスは半分くらい汗が染みて電車に乗るのが恥ずかしいほどだった。さらに恥ずかしいのは帰宅して初めてわかった後ろの首まわりの日焼け。保冷剤を巻いた手ぬぐいを首に巻いていたら、ブラウスとの間に隙間ができていてしっかり茶色になっていたのだ。背中にV字、大きなブーメランをしょっているみたい。腕はしっかり長い手袋でカバーしていたのに肝心なところが抜けていた。もうこのブラウスは着れないし、こんなに暑いのに暫くはスカーフで隠すしかない。夏用のスカーフなんてあったかな…と探していたら見つかった。先月のはすまつりの折りスカーフ染めのワークショップをやっていて、私は友人と二人で参加したのだ。蓮の茎を煮だしたもので染めたシルクを、鉄や銅で媒染したシブイやつ。蓮自体ではうす黄色に染まるのだが、鉄や銅の働きによって茶色とグレーのシックなものになった。ここしばらくはこれにお世話になろうと思う。
ああそれにしても暑い。ブーメランは汗を拭けば痛いし乾けばかゆい、蝉は絶好調。この暑さはいったい…とため息ばかりの毎日。



 8月26日


原稿を二つ抱えている。苦痛である。
物書きに憧れたことがある。机上に原稿用紙と万年筆と珈琲カップ…。もちろんこの絵に憧れていただけなのだが、とにかく頭使わず体力勝負という過去を思うと、机上で何かを生み育むというのはどこかカッコいいし、いい香りがするのも無理のないことだ。
SNSをやっていて情報の中に「とにかく毎日何でもいいから書き続けること」とあった。なるほどと納得した。書かなければ字は忘れるし、考える、頭を使うということがなくなってしまうかもしれない。パソコンは何も考えなくても字だけは勝手に出てくるから困る。思い出したり考えたりという余裕を一寸も与えてはくれないのだ。
で原稿だが、最近何かを書くことが少ないせいで苦労している。1日1回、キーボードではなくて鉛筆で字を書こうと思った。そう、この鉛筆のナマリの漢字。こうしてキーボードで打ってないとさっと出てこないのだ。もともとプアーな文章力を何とかするためにも鉛筆を持って考える…これが苦痛を和らげる薬になるかもしれない。ということで、今日はリハビリを兼ねて久々に Flower Note を書いてみた。
レンゲショウマ 気温35℃の日、標高800mでもめちゃくちゃ暑い御岳山にて。



 4月2日


風邪が治らず無気力が続く。
桜満開というのにどよ〜んな日々。カラダとココロはいつだって仲良しだから仕方がない。今日は朝から小雨でお天気とも仲良し。
部屋の北側の窓(朝起きたらまずこの窓のブラインドを開けて今日のお天気を確かめる)から遠くに山々が見える。明るい緑の間に白やピンクが混じる。赤く見えるところは新芽だろうか。1年で一番華やかな彩りの季節だ。色をもっと見たくて、外に出ることにした。
隣の公園に有名なしだれ桜がある。多摩市の重要文化財、川井家の桜。
満開を過ぎて青々とした葉が元気よく出ている。雨に濡れるさくらは静かで美しい。
この桜幹囲が3.5m、高さ13m。幹のうねり、バランス、空間も見事、どこから見てもカッコイイ。この桜を守ってきた旧家は何代目なのだろうかと想像した。この1本の桜が変りゆく多摩ニュータウンの環境を見つめつつ今を生きているのだと思うと、大先輩であるこの木をこれからもずっと見ていたいと、桜が元気で生き続けられる場所であっと欲しいと心から思った。どんな時もその場に静かに立ち続けて数えきれないほどのいくつもの春を越えて今、咲いているのだ。スゴイ!みんなの大切な宝だ。



 7月2日


「あんたむきやで、いっぺん行ってみぃ〜」。
師匠から言われ出かけたのがここ。
私向きって何?どんなところ?と期待もあり、初めての場所で不安もあった。重い荷物に不安定な天気。雷雨やゲリラ豪雨になったら屋根付きの場所があるのか、食べるものは用意した方がいいのだろうかとあれこれ考えた。それでも一度は行ってみたい!そこで花好きの友人を誘って出かけることにした。
入口を入るまで全く中の様子がわからなかったけれど、いきなりアナベルの斜面が目に飛び込んで来て、すぐに幸せ気分でいっぱいになった。来てよかった!ここにはピンクのアナベルがあると聞いていたので楽しみにしていた。ここがアナベルの山か…と思ったけれど、山を登り始めると「アナベルの雪山↑」の看板が目に入った。アレレ?さっきのは違うのかしらと奥へと入ると本当にたくさんの種類のハイドランジアが斜面を埋めるようにころんころんとこぼれていて何とも言葉にしがたい可憐で美しい景色が広がっていた。友人と2人いちいち感激しながら写真を撮りつつ山を登ったのでなかなか前へ進まなかった。アジサイの園の一番奥に雪山はあった(←写真)。圧巻のひとこと。20ミリの広角レンズでもこのスケール感を表現するのは難しい。ここは東京サマーランドアジサイ園のほんの一部。
師匠の言う通りこのわくわく感はまさしくワタクシ向き…先生の関西弁がアジサイがこぼれる斜面の木立の向こうから聞こえてきたような気がした。



 6月11日


lower Note はすっかり更新がとまっている。
なかなか書けないのには理由がある。
ひとつは基本ソフトの問題。ホームページの更新はシステムが古くなり、古いOSでしか作業ができないので、新しいほうのOSを使って画像を作り、ハードディスクに保存し、それから古いOSを立ち上げてサーバーにアップロードし、また新しいOSに戻って来て今度は文書を作り画像とともにアップする…という大変な作業になってしまっているのだ。これは2年ほど前から。でも新しいMacを使い始めた今、新しいと書いたOSさえも既に古くなってしまい、OSを行ったり来たりだけではなくパソコンも行ったり来たりしている。ややこしややこし。
もう一つの理由は Facebook。実にお手軽なのでついついこちらに夢中になり、ついでに画像のアップもしてしまう。反応があるのも面白い。
時間の節約とかいっても結局は楽な方へと気持ちも頭の中もシフトしていって、それに気がつかないまま時間を消費してしまっているのかもしれない。Flower Note は書けないのではなく書かない、ただのイイワケだと少し反省。それにしてもお手軽にはリスクが必ずついてくる。いろいろと気をつけないとと思わされることがしばしばある。

昨日は携帯電話の電池が切れてしまった。最初はあら困ったと少し不安だったけれど、こんな時間があったほうがいいなと思いなおした。パソコンや携帯電話にやっぱり縛られている毎日であることに不自由さを感じた。酷い疲れ目、できるかぎり目をつむっていたいかんじ…自然の中に身を置くというのはそれらのモノから開放されるひとときでもある、大切な時間だ。
写真はニゲラ。花が散るとぷーっとふくらんでフウセンポピーと呼ばれるようになる。けれどいちばんぴったりとくると思うのは「くろたねそう」の別名。



 1月21日


親しい友人に病いが見つかり、心が痛い。
病いに対しては誰しも無力だ。「髪の毛一本さえもどうすることもできない」のだから。自らをどうすることもできないなら、天に委ねるしかない。委ねることを知っている彼女は普段とほとんど変わらないように見えた。乗り越える力をすでに得ているに違いない。すでに「超えている」のかもしれない。

いろいろなことが起こる中で近頃思うこと。
不自由を感じていない時には「自分」や「私」が中心になる。ドライバーでいられる。だから何でもできる何処へでも行けると思ってしまう。何でもあたりまえ、傲慢になる。貪欲になる。勘違いしてしまうことさえある。自分で自分を見ることはできないから気がつかない。目がよく見えていないこのことこそが不自由なのではないかと思うようになった。自分が…という思いを捨てることができたら、心を委ねることができたら、ホンモノの自由をゲットできるのかもしれない。もともとが小さくて無力な者なのだから、そんなに頑張らなくてもいい。助手席でいいんじゃない?
温室でアマゾンリリー(ユーチャリス)をみつけた。うつむきかげんの純白の花とすーっと真っすぐにのびる茎。美しくてただただ見とれるばかり、自由に生きているように見える。



 9月30日


お腹周りの厚いリングが気になり散歩をはじめた。といってもまだ6日目、何をやってもほとんど三日坊主なので口にするのはまだ早すぎる。
洗濯機にスイッチを入れて帽子と手ぬぐいを持って外へ出る。部屋を出た時の空気がここ数日で変わってきたと感じる。
10分ほど歩いた所にラジオ体操のために近隣の住民が集まる公園がある。もう何年も前から同じ場所、同じ時間にどこからともなく人がやってきてラジオ体操第一と第二をやっている。終わるとすぐに自然とバラバラになる。100人ほどであろうか、どなたかが毎日ラジオを持って来てくださっているはずだが、詳しいことは全く知らないまま勝手に参加している。体操を終えると今度は違う道を通りながら戻ってきて、家の近くの築山へ上り朝の空気を思いきり吸って、空と富士山を仰いでから帰ってくる。汗を拭いた後のお茶を今日は冷たい麦茶から暖かい緑茶に変えてみた。心も身体もなんだかホットしてやっと秋らしさを感じることができた。わずか30分ほどのお散歩だけれど季節が少しずつ変わっているのを実感することができる。彼岸花は昨年に比べて早く咲き始めたのでもうそろそろ終わりだ。イチョウの葉っぱは少し乾いてきて葉緑素がぬけつつある。黄色くなる日もそう遠くはないとわかる。
植物は日々変化している。そして実際に身体を動かしてみると、自分の体内の細胞もどんどん変化していると感じる。1年がだんだん短くなっていくような気がするのはそのせいだろうか。目も代謝も悪くなる…。植物の姿を見ていたら、そんなこともちゃんと受け入れていこうと思った。